実教寺縁起(桜清水のいわれ)
当山の由緒は日蓮聖人が、鎌倉時代文永十一年(1274年)に身延入山の際、到着を間近にして当地で休息をしました。その際、のどの渇きをいやそうとしても、いやすべき水がなく、ご自身ののどの渇きもさることながら、村人や旅人が水に難儀していることに思いを及ぼされた日蓮聖人は、自らがお手にされていた桜の杖で岩をうがち、法華経をお唱えし、諸天善神に祈りをささげました。
すると不思議な事に、岩のすき間から、こんこんとして、玉のような清水が湧き出しました。日蓮聖人はその杖を大地にさされ、この湧き出た清水が未来永劫に絶えることなく、村人と旅人たちを救い続ける願いと、桜の杖か芽が出てくることを望まれ、「手に結ぶ水の流れの久しきは、絶えぬ御法のえにしなるらん」と歌を詠まれました。
その後日蓮聖人は村人が別れを惜しむなか、身延山に向かわれました。このご縁により、真言の山伏が日蓮聖人に教化され、当山の開山となり実教阿闍梨不動院日成上人と称し、現代に至っています。
本堂
間口6間半(約12メートル)、奥行き5間(約9メートル)、中央には日蓮宗の伝統ある本尊を勧請、また、本堂内にある位牌堂には京都の仏師、江利敏明氏作の釈迦立像を安置しています。
平成24年屋根替え工事、平成31年内外改装工事と、星祭りの妙見菩薩、魔除
け・子育ての鬼子母神、法華経の信仰を守る十羅刹女、末法の世を救う吉祥天を堂内に移し寺観一新しました。
祖師堂
桜清水祖師堂は天文2年(1533年)今から約490年前に当山第6世日瑞上人の創立。実際に身延入山時に日蓮聖人が立ち寄った地に建立されています。当初は桜清水常唱堂と称されていました。
安置されておりますご尊像は当山開山である日成上人が日蓮聖人の直弟子である中老層の日法上人にお願いし刻まれたものです。
このご尊像は日蓮聖人が鎌倉から身延入山の際にお立ちよりになった故事にちなんで、「旅姿」であり、さらに、日蓮聖人が親しく御天眼、開眼されたご尊像で、「願満高祖日蓮大菩薩」と称され大変霊験顕著であり、「お旅姿のご尊像」は極めて希なお姿で、身延参りの往来に、道中の交通安全を祈る信徒が多かったようです。
また、日蓮聖人がお手にされていた桜の杖がいきいきと芽をふき、湧き出る泉とともに名木桜がそびえていましたが、明治時代の火災によって消失してしまいました。しかし、不思議にも消失した大木の根元より芽を出しました。現在は三代目の桜です。
客殿
日蓮聖人700遠忌記念事業にて昭和60年に建立。